どんなシステムがあるのか、または、ないのか要チェックです。ただし、こうしたシステムに頼り過ぎると、見る内容が、あっという間に山ほどたまってしまうケースがあるのは、第2章で警告したとおりです。最後に、その料金体系について。特殊な加工が施されていれば、ホッモノの授業と同料金を払っても見る価値はあるかもしれません。映画と同じです。しかし、ただ通常授業を撮りっぱなしで、料金が同じなら、不合理です。劇場でナマの芝居を見るのと、それをテレビで見るのが同じ料金なら、多くの人はテレビを見ないでしょう。それらを総合的にチェックし、衛星授業、ビデオ授業にメリットがあるかを判断していけばよいのです。ただし、衛星授業、ビデオ授業自体を採用していない予備校・塾も多いのは事実です。そうしたところは、映像授業に対抗する、どんなシステムを備えているのかを、尋ねればいいでしょう。講師の数を増やしているとか、欠席したばあいは、代替授業に出席できるとか、または、欠席者に対する、個別フォローを行っているとか。そのような努力を行っているところはあります。
「やる気が出るまで放っておく」というような考えでは、だめな子はますます何もやる気を起こさず、だめになっていってしまう。勉強ができない子どもは、何をやっても積極的に取り組むという姿勢がないのが特徴だ。家の手伝いはやらない、遊びにも熱中できない、クラブにも夢中になれないといった場合がほとんどである。だから、本人のやる気を待っていたのでは、成績は一向に上がらないだけではなく、下がってしまうのが落ちである。このような生徒には、本人のやる気を起こす何かきっかけを作ってあげるのが親の役目ではなかろうか。そのためには、勉強にだけこだわる必要はない。もし商売をやっている家なら、その仕事を手伝わせればよいし、サラリーマンなら、家の中で何か責任を持たせることをやらせるとか、とにかく工夫のできる事があるはずである。
かつては親も東大、子どもも東大という家系が少なくありませんでした。これは、アメリカでハーバード大学やイェール大学などに親子で学ぶというのとは、話が別です。これらのアメリカの学校は私学なので、寄付金や子弟枠でけっこう入学できてしまうからです。一方の、代々、東大という家系では、子どものころから教育に手間暇をかけ、勉強の習慣をつけさせていました。しかも昔は、お金がないと大学どころか中学すらいけない時代でしたから、教育熱心な家庭は東大合格には非常に有利な位置にいたのです。しかし、こうしたケースは、受験が大衆競争の時代に入ってからはめっきり減りました。その理由は、勉強に素質はあまり関係がないからです。素質で勉強ができるのなら楽でしょうが、そうは問屋が卸さないのです。